2020年11月20日

渋谷駅東口の大きな歩道橋を歩いていた。晴れていて、やけに風が強い。大きなコートを着て大きなバッグをもっているせいか、体が目いっぱいに風を受ける。少しよろける。風から逃れるようにして歩いているうちに、明治通り沿いに下りるはずが渋谷ストリームのなかに吸い込まれてしまう。エスカレーター脇の看板には「グーグル」と書かれていた。この上にオフィスがあるらしい。イベントホールやトイレと同じようなウェイトで書かれたその名前は、なにかに擬態しているようにも見えた。

渋谷ストリームは4〜5回訪れたことがある気がしていたが、何度来てもどこからどこへ抜けられるのかわからず、というか自分にとっては渋谷全体がすっかりどこからどこへ抜けられるのかわからない街になっていた。通用口のような場所に出て、工事現場の脇を通って高架下を抜ける。桜丘。坂をのぼる。少し汗ばむ。

急な坂をのぼるときはいつもソウルの住宅街を思い出す。ソウルは坂だらけだ。傾斜のきつい道では自然と歩く速度が落ち、ゆっくりと景色が流れる。というか流れない。流れるはずの景色は止まり、一歩ずつ踏み出すごとに景色がズレてコマ送りのように動いていく。坂をおりるときも景色は流れない。セロテープを引き出すように、景色を引っ張り出し、止め、また引っ張り出す。ソウルの街の景色は、そういうふうに細切れにされていた。パッチワークのような景色。iPhoneで撮った下手くそなパノラマ写真のように、一部は引き伸ばされていて、またべつの一部は縮まってしまっている。

もっとも、いまの渋谷はそれ以上に細切れで、パッチワークどころかつながってさえいなかった。パルコから宇田川町におりていく坂が、109の通ずる渋谷駅の地下通路が、東急本店から神泉に向かう道が、ばらばらな景色がそのまま地べたに落ちていた。数ヶ月ぶりに訪れた桜丘は変わったのか変わっていないのかもわからず、地べたに張り付いた景色がかつて自分の見たものなのかどうかも思い出せなかった。

マンションが立ち並ぶ坂をのぼって、少し空が開ける。道はゆるい起伏を繰り返しながら旧山手通りへとつながっていた。自分の体が、道に沿って通りまで引き伸ばされていく。失敗したパノラマ写真をもう一度撮りなおすように、ゆっくりと景色をなぞりながら通りに向かって歩く。iPhone 12 ProにはLiDARが搭載されていて、素人でも3Dスキャンを楽しめるらしい。ぼくは間違えて普通のiPhone 12を買ってしまっていて、そのことをいまも後悔している。