ホテルオークラを出て車寄せでタクシーに乗り込み、虎ノ門ヒルズのあたりを通ってマッカーサー道路を抜け銀座に向かう。GINZA SIXの裏手あたりでおりる。歩行者天国。を超えて大通りから一本北の通りに入って、Dover Street Marketに向かう。結婚式でひさびさにスーツを着たからなのか慣れない空間にいたからなのか単にワインの飲み過ぎで酔っていたのか、とにかくなにかを買おうというばかばかしい欲求に突き動かされていた。いつのまにかDover Street Marketは入口で検温を行わなくなっていた。何度も入ったことはあったが、ほとんど買い物をしたことはなかった。
なにかを買おうという気持ちはなにか派手なものを買おうという気持ちにスライドし、3FでFeng Chen Wangの真っ赤なニットを手にとった。メリノウールを高密度に編んだというそのニットはニットというよりセーターで、手に持つとずっしりとした重味が伝わってくる。身頃にはいくつもの穴が開いていた。奇抜なセーターだった。ジャケットを脱いで白いワイシャツの上からセーターを着ると、すべてがちぐはぐで滑稽だった。そのままレジへ持っていった。
「Feng Chen Wangは今年のInternational Woolmark Prizeのファイナリストに選ばれているんです」と店員が説明する。たしか去年はAngel Chenがファイナリストになっていたはずだ。2018年のクリスマスイブに、上海にある彼女のアトリエを訪れたことを思い出す。上海郊外にあるアトリエは大きく、引っ越したばかりだったからなのか、建物の中もどこか間の抜けた印象があった。まわりはさらに閑散としていて、薄暗かった。今日は友だちとクリスマスパーティをするのだと当初彼女は言っていたが、結局仕事の都合でそれは先延ばしになったようだった。
With the help of a traditional Chinese doctor, Wang utilised maps of the meridian system, which is about a path through which the life-energy known as ‘qi’ flows. Clothes are also embellished with gemstones such as jade and agate, placed at pressure points aimed at fostering physical and mental wellbeing, specifically reducing stress.
Feng Chen Wang – The Healer(2020 International Woolmark Prize finalist)
Woolmark Prizeのサイトにはそう書かれていたが、このセーターにはとくに宝石などあしらわれておらず、ただ穴が開いているだけだった。そう言われてみると穴のいくつかは手三里や雲門と呼ばれるツボのあたりにあるような気がした。セーターを着て、穴の開いたところをグッと押してみる。いずれにせよ、それらがツボや経絡と呼応しているかどうかは大した問題ではなかった。思いのほか胸に開いている穴は大きく、セーターを着ながら歩いていると自分がなにかに突き刺されているような気がしてくるのだった。