浅草7丁目から一葉桜・小松橋通りに入って浅草警察署のまえを通り、そのまま西へ進むと千束三丁目の交差点で一気に雰囲気が変わる。あちこちに屋台が並んでいた。交差点の真ん中には警察の大きなトラックが停まっていて、そこから先は歩行者天国になっているらしかった。鷲神社、酉の市、三の酉。今年は感染症の拡大対策として規模を縮小しているとどこかで聞いたが、あたりはすっかり祭りのムードが漂っていた。
心なしか例年より屋台の数は少なく見えたが、それでも十分な賑わいを見せている。鷲神社に近づくにつれ、人の数は増える。公園には簡易的なステージが組まれ、誰かわからない歌手が歌っていた。アイドルのような服を着た女性たちが一脚にGoProをつけて歩いている。みな浮ついているように見えたし、どこか背徳感もあった。背徳感と猥雑さ。雑居ビルの一階につくられた仮設の酒場にはたくさんの人が集まっていて、その熱気が通りにも流れ込んでいた。
鷲神社に入るためには健康チェックシートの提出が必要だった。多くの人がブースに並んで、せっせとチェックボックスにマークをつけている。入り口脇の係員にシートを渡し、神社に入る。そのプロセスは空虚としか思えなかったが、空虚さゆえに、どうでもいい儀礼性も感じられた。神社の境内はいつもより人が少なかったがそれでも十分に賑わっていて、毎年熊手を買っているところで同じように熊手を買う。手締め。熊手屋の男性たちの声は小さかったが、感染対策なのか、年老いて声のボリュームが下がっているだけなのか分かりづらかった。
1カ月前に突然一時休業をアナウンスした近所のそば屋が突然営業を再開し、熊手を事務所に置いてからそばを食べる。このそば屋は26時まで開いていたので重宝していたが、翌日には東京都からの時短要請を受けてしばらく22時閉店となることがアナウンスされていた。そばを食べ終わって、せっかくだからともう一度鷲神社の様子を見に行こうとする。まだ夜は深くなかったが、道沿いの屋台はすでにほとんど閉まっていて、屋台の骨組みだけが道路に残されていた。公園には若者がいくつかのグループをなしてだらけていた。撤収のためのトラックが徐々に増え、道を塞いでいく。警察官はまだ道路沿いに立っていて、何かを取り締まるために目を光らせている。数時間前にあった熱気はどこかへ消えてしまったように見えたが、かすかにその名残が道路上に残っていた。ライブハウスで焚かれたスモークがゆっくりと地を這って広がっていくように。道路はうっすらと濡れている。地面に残った熱気を蹴飛ばすようにして、事務所へと戻る。