そのクラブは、駅のすぐ近くにあった。建物の前で数人の若者が話し込んでいる。そのなかにはTの姿もある。Tは白い半袖のTシャツを着ていた。寒そうだった。鉄製の大きな扉を開けて階段を下り、キャッシャーで名前を伝えて検温を済ませる。狭い通路を通ってたどり着いたフロアでは、それなりの人数の人々がマスクをつけて踊っていた。2月にオープンしたというクラブの内装を見ながら、台北のクラブ「Pawnshop」を思い出す。そのクラブもたしか去年オープンしたばかりだったはずだ。内装の雰囲気がなんとなく似ているような気がしたが、べつに似てないかもしれない。久々に訪れたクラブは人々がマスクをつけていること以外は2019年とほとんど変わらず、なんだかSFみたいだなと思う。
そんな基本事項は彼女に教えてもらうまでもなく、さすがに知っていた。でも、それがとても縁遠いものだったのは事実だ。行動規制がかかれば仕事も食事も娯楽も、家の中でほとんど完結させてきた。ステッカーは持っていなかったし、それがクラブの入場管理に使われるというのも初耳だった。
ハラウェイは、繁華街の外れの坂道を上りきった先、10階建ての雑居ビルの地下にあった。到着する頃には僕の息はすっかり上がっていた。
「あ、計測が終わったみたい」
そう言う彼女の視線を追って自分の腕を見ると、青い数字が光っていた。
504.65。彼女は露骨に呆れた表情を浮かべた。
「本当にぎりぎりだね。500を切ったら、入れるクラブが1つもなくなっちゃう。もうちょっと健康に気を使って、しっかりしてよ」
2038年のクラブが描かれたSF短編を昼に読んでいたから、すべてがSFのように見えたのかもしれない。フロアの奥に友人が立っているのが見えて、人混みを掻き分けて歩いていく。体がほかの人たちとの間に挟まれ、ぶつかる。それは懐かしい行為でもあったが、もはやフィクションのなかの出来事のようでもあった。むしろすでに自分たちは2038年の世界を生きていて、脱法的にクラブを訪れているような気分になってくる。ぼくの平熱は35度台だった。腕に貼られたステッカーには、どんなスコアが表示されているだろうか。
密閉された空間にいると、空気の密度が上がっていくのを感じる。目の前で踊っている若者は薄着で、暑そうだ。見えない熱気が立ちのぼる。誰かがタバコを吸うためにフロアから出ると、扉の隙間から空気が漏れてフロアにかかった圧力が下がっていく。このクラブの喫煙スペースは通路にあった。壁際に並ぶようにしてみなタバコを吸っている。通路は白い煙に包まれていた。
フロアを出て、もくもくした通路を抜けて、エントランスへ戻ってくる。階段をのぼって、扉を開けて外に出る。いくつかの段階を経ながら、体にかかった圧力を抜いていく感覚。11月の空気は冷たく、体に残ったフロアの熱気が街の中に溢れていった。