JR横浜線鴨居駅の北口を抜けると景色が妙に開けていて、それは目の前に建物がぜんぜん建っていないからなのだと気づく。田舎だからではなくて、駅のすぐ前に川が流れているからだ。鶴見川。鴨池橋と書かれた橋がかかっている。橋を渡ってしばらく歩いたところには、ららぽーと横浜があったはずだ。10年ほど前に、2回くらい行ったことがある気がする。いや、一度しか行ったことはなかったかもしれない。工務店や倉庫の集まるエリアに突然現れるららぽーと横浜には、「横浜」という地名から喚起されるイメージとのズレも相まって、どこか不気味な気配が漂っていた。たしかH&Mが入っていた。大学生のぼくはH&Mを訪れて、何も買わなかった。
鴨池橋は渡らない。駅前の広場を越えて階段を上がり、橋を渡らず川沿いを走る遊歩道へと流れる。遊歩道は二手に分岐し、ひとつは川と一定の距離を保ちながらまっすぐ伸び、もうひとつは河川敷に向かって降りていく。遊歩道はアスファルトで舗装されている。小雨が降っているからと履いてきたCamperのブーツにはGORE-TEXが使われていて雨が入り込んでくることはなかったが、ソールがつるっとしていて、舗装された坂道を歩いているといつも滑りそうになった。自然と足元に意識が向く。河川敷に下りて、遊歩道が途切れ、ブーツが土を踏む。足元に向いていた意識が地面に流れ出し、河川敷に広がっていく。視線を上げると、橋の下でみんなが焚き火をしていた。
細かいことはよく知らなかったが、鶴見川の河川敷では焚き火が許されているらしかった。距離をとって置かれたいくつかの焚き火台から、しゅわしゅわと白い煙が上がっている。風が吹く。体が煙に包まれて、マスクを少しずらして会釈する。忘年会に参加するために、鴨居まで来たのだった。2020年最初の忘年会は、昨今の情勢を考慮し屋外で開かれていた。毎年開かれているこの忘年会でしか会えない人もいて、忘年というよりは何かを忘れないように年に一度いろいろな人に会っているようにも思えた。
雨は止んでいたが、空気は湿気に満ちていて、ほとんど雨が降っているのと同じような天気だった。焚き火の煙が、鈍色の空へ広がっていく。鈍色と書いたが、それがどんな色なのかはうろ覚えだった。Googleの画像検索によって調べると自分が想像していたよりもそれは濃く、実際は鈍色なんかじゃなくてもっと薄い薄いグレーだった。焚き火の煙と同化してしまいそうなくらいの。
機材の都合上、16時には焚き火を切り上げなければいけないらしかった。日がだいぶ落ち始めている。残しても使いみちがないからと薪が次々と火にくべられ、煙は止まることがなく広がっていく。橋の下から立ち上った煙は遊歩道へ流れ、目には見えなくなり、匂いだけが風に乗ってさらに遠くまで届く。遊歩道に立っている見知らぬ人が、こちらをじっと見ている。