2020年11月23日

空が明るくなり鬱蒼と葉叢をしげらせる熱帯の樹木に宿る鳥たちがやかましいほど鳴きはじめる時間帯が、ぼくは好きだ。最初はまだ灰色としか呼びようのない曖昧な色調からはじまって、太陽が昇るすなわち地表のわれわれがいっせいに手をつないで東にむかって倒れこむにつれて光がぐんぐん明るく強くなりそれに正比例して空は青を深くして浮かぶ雲の白さは眩く世界は光にみちてそのオーケストレーションの壮麗なすばらしさが今日もまたいい日になることを約束し鳥たちは、鳥の人々は、生命の全体をそのままに肯定するように騒ぎ怠惰なわれわれの心にも今生きなければ生きるときはないから今日を早くはじめなさいと呼びかけてくる。

管啓次郎『ハワイ、蘭嶼』

そんなふうに朝を迎えたことはほとんどなくて、だからこの文章が妙に気になってしまったのだろう。部屋の外ではここ東京でも“光がぐんぐん明るく強くなりそれに正比例して空は青を深くして”いるのかもしれないが、カーテンを閉め切っているからかその様子はまったく伝わってこない。この部屋は面積に比して窓だけがやたらに大きく、たしかに日は目いっぱいに入ったが、その分窓からどんどん冷気が入り込んでくるのだった。冬になるとカーテンを閉める。ネットで注文した遮光・遮熱カーテンはそれなりに優秀だったようで、カーテンを閉めていると部屋はそこまで寒くならなかった。

窓際のサボテンが枯れるのを恐れて少しだけカーテンを開くと、気持ちのいい光が棚の上のサボテンへ差し込んでくる。と同時に、ひんやりとした空気が窓から広がっていくような気もする。トレードオフ。日差しを受けたならば熱だってもらえる気がするのに、代わりに熱を差し出しているような感覚。

カーテンを閉め切っていると自然と窓を開ける機会も減って、なんとなく空気がこもる気もするが同時に空気の流れがよく見えるようになってくる。キッチンで、お風呂場で、トイレで換気扇が回っている。空気が出ていくが、熱は出ていかない。いや、実際は出ているのかもしれない。部屋の空気はあまり動かない。リビングに振りまいたルームフレグランスは、ゆっくり広がって、そのまま床に向かって落ちていく。匂いだけが残る。LOEWEの、Ivyという香り。それがアイビーの香りなのかはわからなかったが、ほんのり甘い匂いだった。部屋の中を甘い匂いが締めていって、自分で振りまいておきながら、少し嫌な気持ちになる。思い切って、カーテンを開いて窓を開ける。夜の冷えた空気が部屋の中に吹き込み、住宅街の匂いが入り交じる。湿った、コンクリートの匂い。もわっとした空気が外へ流れていき、部屋の気温が一気に下がったような気がした。